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宮崎興治の日常 人間力

与える人は与えられる

ある日、

Aくん、Bくん、Cくんの3人が、

5個のチョコレートを分けたとする。

Aくんは

「僕は1個でいいから、二人は2個ずつ取っていいよ」

と言い、

Bくんは悪いなぁと思いながら2個取り、

Cくんはしめしめと思いながら2個取ったとする。


また別の日に同じような状況になり、

Aくんが、BくんとCくんに譲ったとする。


そんな状況が何度か続いた。


さて、ここまでだと、

Aくんばかりが損をしていると思うでしょ。


ところがある日、

BくんがAくんにこう言った。

「いつもAくんに譲ってもらっているから、これ食べてよ」

そう言って、Bくんはたくさんのお菓子をAくんにあげた。

Aくんは人に譲る性格だから、

他の友人のところでも同じようなことが起きて、

Aくんの周りには、

たくさんの譲ってくれる人が集まってきた。


一方、Cくんは、

色んなところで自分だけが得することばかりしてきたので、

次第に譲ってくれる人が周りからいなくなり、

自分のことしか考えないような人ばかりが集まってきた。


さて、ここまで読むとわかるように、

結果的に、Aくんの方がCくんよりハッピーでしょ。


だから、

人に優しくされたいなら、まず自分が人に優しくする。

悪口を言われたくないなら、まず自分が人の悪口を言わない。

人に大切にされたいなら、まず自分が人を大切にする。


結局、今の自分の人間関係というのは、

自分のこれまでの行いを映した

鏡なのだと思う。




日常の1コマ

今日、仕事で電車に乗っていたときのこと。
 
 
4人のボックス席に私一人で座って本を読んでいたら、
 
 
お向かいの席におじいちゃんが座った。
 
 
少しして、おじいちゃんが話しかけてきた。
 
 
「営業の方ですかの~?」
 
 
私が
 
 
「いえ、違いますよ。塾の先生をしています。」
 
 
と答えたら、
 
 
「そうですか、そうですか」
 
 
と言って会話は終わった。
 
 
私は本に視線を落として読もうと思ったのだが、
 
 
なんだかおじいちゃんが話したそうだったので、
 
 
本を閉じて会話をすることにした。
 
 
 
「どちらまで行くんですか?」
 
 
という私の言葉をきっかけに、
 
 
そこから20分ほど色々と話した。
 
 
話していてわかったのだが、
 
 
年齢はなんと82歳とのこと。
 
 
他にも、病院から帰る途中だということ、
 
 
子供が外資系企業の部長だということ、
 
 
他にもいろんなことを聞いた。
 
 
 
会話の中でおじいちゃんが
 
 
「わしは頭が悪いし、
 
 
 たいした仕事はしてこなかったし、
 
 
 体も悪いし・・・」
 
 
と、悪いところをたくさん言っていたので、
 
 
何かうまい切り返しがないかと、
 
 
話しを聞きながら考えていた。
 
 
ひとしきり悪いところを言い終わったときを見計らって、
 
 
「でも、顔がいいですよ!」
 
 
と言ったら、
 
 
「わっはっはっは~」
 
 
と嬉しそうに大笑いしていた。
 
 
 
私が尾道で電車を降りるとき、
 
 
おじいちゃんがすっと手を出して
 
 
握手を求めてきたので、
 
 
手を握ると、
 
 
がっしりと握手をしてくれた。
 
 
なんだか嬉しかった。
 
 
 
ありがとう、おじいちゃん。
 
 
 

全力で掃除

宮崎塾では自習室の利用が終わった後、
 
 
残った生徒たちと一緒に掃除をしている。
 
 
もちろん私も掃除をしているのだが、
 
 
最後に玄関口で生徒たちにお菓子をあげているため、
 
 
時間的にあまり掃除をすることができなかった。
 
 
ホワイトボードの消すやつ?を洗うことと、
 
 
ホワイトボードを雑巾で拭くくらいしかできていなかった。
 
 
で、あとは玄関口に立って、生徒たちに
 
 
「ありがとね~」
 
 
などと声をかけながらお菓子を配っていた。
 
 
 
そんな感じで3か月。
 
 
ふと、こんなことを思った。
 
 
『自分は全力でやっているのか?』と。
 
 
まだまだできるんじゃないか、と。
 
 
というわけで、
 
 
先週から全力で掃除をすることにした。
 
 
授業が終わるとすぐにホワイトボードの掃除をして、
 
 
それが終わるとダッシュで雑巾を絞り、
 
 
3階の階段、2階の廊下、2階の階段、1階の階段、1階の給湯室
 
 
とぞうきんがけをすることにしたのだ。
 
 
ただ、かなり早いスピードでやらないと、
 
 
生徒たちにお菓子をあげることができないため、
 
 
「うおおおおおお!!!」
 
 
って感じでやらないといけないのだ。
 
 
で、全力で掃除をしていると、
 
 
生徒たちが、
 
 
「俺がやりますよ!」
 
 
とか
 
 
「先生、代わります!」
 
 
とか
 
 
「腰、大丈夫ですか!?」
 
 
など、暖かい声をかけてくれた。
 
 
なんていい生徒たちなんでしょう(T_T)
 
 
 
生徒たちからそんな風に言ってもらえたことも
 
 
大きな変化だったのだが、
 
 
もっと大きな変化があった。
 
 
た、楽しい!
 
 
全力で
 
 
「うおおおおおおお!!」
 
 
って掃除をやっていると、楽しいのだ。
 
 
塾がキレイになって嬉しいしね♪
 
 
 
これからも体力の限り、
 
 
全力で掃除をしようと思う。
 
 
あ、もちろん授業後に質問があったら、
 
 
質問の方を優先するのでご安心を。
 
 
 
やっぱり、一生懸命やるって素晴らしいな、
 
 
と改めて思った。
 
 
どうせ同じ時間、同じことをやるなら、
 
 
一生懸命やらんとね。

良いことをすると

「人に親切にしましょう」

「良いことをしましょう」

など、

小さい頃に誰もが教えられたことだと思う。

もちろん私も教えられた。

数年前まで、

道徳的なことでこれらのことを教えられたのだと思っていた。

人に親切にするのは当たり前だから、みたいなね。


しかし、ここ数年で私の考え方は変わった。

私はたくさん本を読むのだが、

多くの成功者が、

「人に親切にしましょう」

「良いことをしましょう」

というような内容を書いていたのだ。

最初の頃は、

『また当たり前のことを書いてるな』

と思ってスルーしていたのだが、

あまりにも多くの本に書いてあったので、

実践してみることにしたのだ。


例えば、満員のバスに自分が座っていて、

お年寄りの方が乗車してきたとき、

積極的に席を譲るようにした。

例えば、駐輪場で自転車が何台か倒れていたとき、

関係のない自転車でも起こすようにした。

例えば、公共のトイレの洗面台に水滴がついていたとき、

ティッシュで洗面台を拭くようにした。

自分にできる範囲内で、

そんな小さなことを積み重ねてみたのだ。


何ヶ月かすると、

自分に起こる現象が変わってきた。

自分に良いことが起こるようになってきたのだ。

一言でいうと、運が良くなった。

なんで運が良くなるのか、

原理はさっぱりわからなかったのだが、

以前よりも確実に運が良くなったのだ。

で、なんで運が良くなるのかずっと考えていたのだが、

ある結論にたどり着いた。


小さなことでも、

何か良いことをしたとする。

すると、自分の気分が良くなる。

何か良いことをして、

気分が悪くなる人はいないでしょ。

自分の気分が良くなると、

勉強でも仕事でも人間関係でも、

ちょっと明るく楽しくなれる。

それが積み重なってくると、

勉強でも仕事でも人間関係でも他のことでも、

全部うまくいくようになる。

少なくとも、

自分の気分が悪いときよりはね。

だから、自分に起こる現象が良くなる。

つまり、運がよくなるように感じるのだ。

これが私がたどり着いた結論。


良いことをすると、

人の心も軽くなるし、

自分の心も軽くなる。

もちろん、

自分のできる範囲内じゃないとしんどくなってくるから、

できる範囲内でいいと思う。

こんなことを書いている私自身、

まだまだできない日だってある。

でも、できるだけ良いことをするように心がけている。


このブログを読んでくれている素敵なあなた、

今から少しだけ良いことをする人生にしてみませんか?

髪型・・・?

今日は訳あって、

ある2人の社長さんとお会いした。

仕事関係のことをいろいろと話したのだが、

何というか、2人ともオーラがあった。

普通の人とは明らかに違うオーラ。


そういうオーラを出すために大切なことは、

「自信」だ。

人は自信のある人に惹かれる。

モゴモゴ小さい声で話す人よりも、

ハキハキ大きい声で話す人の方が好まれる。

うつむいている人よりも、

まっすぐ前を見ている人の方が好まれる。


ただし、自信をはき違えて、

威張ってしまうと逆に嫌われてしまう。

だから、「自信」を持った上で「謙虚」。

これが大事。

まぁ、他にも大切なことはいくつかあるんだけどね。


さて、今日お会いした社長さん2人だが、

2人とも髪型がオールバックだった。

仕事をバリバリしている感じ。

凄みがあった。

うーむ、私もオールバックにしてみようか。

仕事できまっせー!って感じで。

あ、でも、もし髪型をオールバックにしたら、

看板の似顔絵の髪型も変えんといけんくなるな・・・。

うぐぐぐぐ。

とりあえず今日お風呂に入ったとき、

オールバックにした自分を見てみよう。

新しい自分、発見。

ま、多分私にオールバックは似合わないだろうけどねー。

誇りを持つこと

毎日毎日同じような仕事をしていると、

その仕事ができることが当たり前になってしまう。

だから本当は人の役に立つ仕事をしているのに、

当たり前すぎて感覚がマヒしているのかもしれない。


友達とか、知り合いとか、仕事でお付き合いさせて頂いている方とか、

これまでたくさんの人と話してきたのだが、

自分の仕事に誇りを持っている人が少ないように思う。

「いやー、オレはただのサラリーマンだから」

「宮崎さんはご自分で塾を経営されていてすごいですね。
 私はただの雇われ人ですから」

「自分はただの塾講師ですから」

などなど、このような内容の言葉をよく耳にする。

私の目から見ると、すごくよく頑張っていると思うのに、

もったいないなー、と思う。


確かに私は高校数学を教えることができる。

でも、研究開発に没頭することはできないし、

銀行員になることもできないし、

一つの場所で勤めあげることもできない。

人それぞれで、できることとできないことがあるのだから、

自分の歩んでいる道に誇りを持てばいいと思うのだ。

自分は普通の人間ですが、

○○○についてだけはプロフェッショナルです、と。


ちなみに私は、今、自分の歩んでいる道に誇りを持っている。

まだまだ経営者として未熟ではあるが、

今の仕事がすごく楽しいし、

このまま死んでしまっても何の悔いもない。

芸能人とか、パイロットとか、お医者さんとか、

一般的にすごいと言われている職業の人にお会いしたとしても、

私は胸を張って言うことができる。

「私は数学専門塾の経営者です」と。


生徒たちと話していると、

「大人になりたくないです」

ということをよく聞く。

これは大人の責任だと思う。

世の中の大人たちがみんなキラキラ輝いていれば、

子供たちは大人になりたいと思うだろう。

自分も早くあんな大人になりたい、と。


だから、大切なのは自分の仕事に誇りを持つこと。

大人が楽しんで仕事をすること。

私はそう思っている。

私の仕事は人と接する仕事なので、

影響力は大きい方だと思う。

自分の仕事に誇りを持って、

明日からまた楽しんで仕事をしようと思う。

お金の単位

私が大学生のとき、少し変わった行動をとる友達がいた。

コンビニやスーパーなどでお会計をするときに、

こちらがお金を支払う側なのに、

必ず店員さんに「ありがとう」と言うのだ。

毎回毎回。

色んな人がいるなー、と、そのときは思っていた。


数年後、私は社会人になった。

そして私は社会人になってから本をたくさん読むようになった。

ある時期は、日曜日に1日で5~6冊の本を読みまくっていた。

朝起きて、夜寝るまでずっと。

で、ある本にこんな内容のことが書いてあった。

数年経った今でも、ぼんやりと覚えている。


お金の単位は「円」だけど、本当は「円」ではない。

お金の本当の単位は「ありがとう」だ。

例えば、牛丼を食べたとする。

その牛丼にはたくさんの人の手間がかかっている。

お米を作る人、牛を飼育する人、出荷する人、運ぶ人、調理する人、など、

見えないところでたくさんの人が汗を流している。

そして最後に牛丼屋さんで牛丼になって出てくる。

だから、その人たち全てに感謝の気持ちを込めて、

最後に「ありがとう」というお金を渡すのだ。

だから、お金の単位は「ありがとう」。


この本を読んだとき、私は妙に納得した。

そして大学のときの友達が、

レジで毎回「ありがとう」と言っていた理由が初めてわかった。


今、私は塾を経営している。

月謝は手渡しなので、毎月生徒たちが月謝袋を私に渡してくれる。

よくよく考えたら不思議なことなのかもしれないのだが、

ほとんどの生徒は月謝袋を渡しながら、

「ありがとうございます」

と言うのだ。

そして、月謝袋をもらいながら、今度は私が「ありがとう」と言うのだ。


生徒
「ありがとうございます」


「ありがとう」


何か不思議な会話だよね。

しかしこの会話、お金の単位が「ありがとう」だと思うと、

とても素敵な会話に思える。


これからは「円」ではなく、「ありがとう」だと思ってみると、

もっと毎日が楽しくなるかもしれないね。

とんがった先生になってしまった

人前に立つ仕事をしているので、

見た目には結構気を使っている。

一番大事なのは清潔感。

シャツやズボン、髪型に至るまで清潔でなければならない。


で、最近気づいたことがある。

・・・クツがぼろい。

もう4年以上も履いているクツだったので、さすがに限界を迎えていた。

こんなに履かれて、クツも本望だと思う。

今までありがとう。


さて、クツを買おうと思ったけど、私には時間がない。

クツ屋さんに行く時間がもったいないし、

そもそもクツ屋さんがどこにあるのかもよくわからない。

だから適当にネットで注文した。

まとめて買うと安かったので、一気に3足買った。

それが昨日届いたのだが、・・・予想以上だった。

何が予想以上だったかって?

・・・それはね、とんがり。

つま先のとんがり具合。

なんつーかね、刺さりそうな感じ。

ネットで見た写真よりもとんがってんの。

しかも3足ともとんがってんの。


百聞は一見に如かず。

写真を見てちょーだい。


バリバリとんがってんぜーーー↓↓↓



こんなにとんがってるとは思わないじゃない。

で、どーなんコレ、と思ったので、生徒たちに聞いてみた。



「あのさー、どうでもいいことを聞くけどさー。」

生徒たち
「?」


「ネットでクツを買ったんじゃけど、つま先がとんがってんだよね。
 こんなにとんがった先生で大丈夫?」

生徒A
「え、ぜんぜん大丈夫ですよ!」

生徒B
「いいと思います!!」

生徒C
「私的には大丈夫です。」

生徒D
「つま先、痛くないんスか?」

生徒E
「先生の優しい感じと、とんがった感じが絶妙です!」

などなど、たくさんのハートウォーミングな意見をもらった。

どうやら高校生的には大丈夫らしい。

とりあえず一安心。

なんせ3足ともとんがってるからねっ!!


これからはとんがり先生として頑張っていきます。

あ、つま先が痛くないかって?

・・・ちょっとだけ痛いよ(ToT)

三国志で思ったこと

私はテレビゲームが大好きで、小さい頃は毎日毎日やっていた。

デビューは3歳くらいだった気がする。

不思議なもので、大人になった今は全く興味がなくなった。

小さい頃にいろいろなテレビゲームをやってきたのだが、

その中に「三国志」というゲームがあった。

自分がどこかの領土の君主となり、

いろんな武将を従えて敵の領土を制圧していく。

中国全土を制圧できればゲームクリアーとなる。


ゲームの一番最初に君主を選択することができ、

曹操、孫権、劉備など、様々な君主でゲームをスタートすることができた。

君主は自分で作ることもできたので、

オリジナルキャラクターを作っていろいろ試してみたことがある。

そのゲームには、「武力」「知力」「魅力」の3つの力があり、

0から100までの数値の中で、高ければ高いほどその力が強いというものだった。


「武力」は戦のときにどれだけ強いかを表す数値

「知力」は戦略や計略がどれだけ成功するかを表す数値

「魅力」は部下の忠誠や民の忠誠などがどれだけ得やすいかを表す数値


オリジナルキャラクターを作るときには、与えられた数値を使って、

自分で自由に「武力」「知力」「魅力」の3つの力に数値を振り分けることができた。


あるときは「武力」をすごく高くして戦ばかりしてみたり、

あるときは「知力」をすごく高くして相手の陣地に火をつけたりしていた。

しかし、一番効率よくゲームを進めることができたのは、

「魅力」をすごく高くしたときだった。

「魅力」が高いと人が集まってくる。

武力の高い武将や、知力の高い武将がたくさん部下になる。

優秀な武将に囲まれて、楽しくゲームをクリアーすることができたのだ。


大人になった今、これは世の中と同じことだな~、と思う。

どれだけ腕っぷしが強くても、

どれだけ頭が良くても、

人間的な魅力がなければ生きていくことは難しい。

一人でケンカばかりしていても生きていけないし、

一人で詐欺のようなことをしていても、いつかは捕まる。

でも、世の中の多くの人が自分の味方だとすると、何でもできると思う。


だから今の世の中で大事なのは人間的な魅力。

この人のためなら手伝ってあげよう、と思われる力。

そのためには、まずは自分が人の役にたつこと。

与えられる前に与えること。

今の私はまだまだ人間的な魅力が高くないが、

小さい頃自分で作った魅力の高い君主になれるように、

日々、与えまくっていこうと思う。

愛情はあふれ出るくらいでないと

お金をあまり持っていない人がいたとする。

お金をあまり持っていないので、節約をするだろう。

買い物に行ってもあまり物を買わず、

必要最小限に出費を抑えると思う。


一方、お金をたくさん持っている人がいたとする。

お金をたくさん持っているので、節約はあまりしないだろう。

買い物に行ったら物をたくさん買い、

多少の出費なら全然かまわないのだと思う。


愛情も同じだと思うのだ。


私があまり幸せでなく、愛情をほとんど持っていなかったとする。

すると、私に関わる人に愛情をほとんど注がないだろう。

なんせ、人にそそぐだけの愛情を持ち合わせていないのだから。


一方、私がすごく幸せで、愛情にあふれていたとする。

すると、私に関わる人に愛情を注ぎまくるだろう。

なんせ、自分自身から愛情があふれているのだから。


世の中のほとんどは人間関係で成り立っている。

人間関係を円滑にするために、愛情は必要な要素だ。

困っている人に親切にするのも、

人の気持ちを明るくするのも、

すべては他人に対する愛情から起こる行動だからね。

特に、教育に愛情は絶対必要だ。

「この生徒を何とかしたい!」という気持ちがなければ、

良い授業なんてできるはずがない。


だから、まずは自分自身が幸せであることが大切だ。

そこからあふれた愛情を人にあげる。

そうするとまた自分が幸せになる。

そしたらまた人にあげる。

この循環ができれば人生は最高にハッピーになれると思う。


さて、今日も良い循環の中で授業をしよう。

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